低かった〜・・私の存在給(≧∇≦)【京都イメージセラピストAnela】

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「存在給」ってご存知ですか?

心屋仁之助さんのブログ記事にありました。

「存在給」とは・・

何の成果も出していない
誰も喜ばせていない
人に迷惑をかけている
役に立っていない
お金使うだけ
寝てるだけ

つまり、そんな”何もできていない、何もない自分の価値”が「存在価値」。

そして、そんな自分が『もらっても良い収入』のことを「存在給」と言う

そこに自信のない人が、「がんばる」わけです。とd( ̄  ̄)

「私がなんとかしなければ」

「私ががんばらなければ」

「私がしっかりしなければー」

と思っている人ほど、存在給が低い とのこと。

まるで私のことだー!!

何故か以前から、そんな風に思っていました。

旦那さんもちゃんと頑張ってくれているのに(*^^*)

たぶん、「会社員だから、お給料は急にボンと上がらない」と思い込んでたんだと思います。

だから「家族の豊かさを生み出すのは私にかかってる」と。

「思い込みを外しましょう」と言っている私が、

無意識に思いっきり「思い込んでた」ーーー((((;゚Д゚)))))))

頑張ることが悪いわけではないのですが、

頑張ることが好きなつもりで、頑張ってきたことが落とし穴でしたね。

「存在しているだけで自分は価値があるか」というバロメーターになるという、

それが「収入」なのです。

価値を提供しない自分の価値が、そもそもの収入を決める ということ。

「存在給」が低いと、

価値を提供して
役に立って
喜ばれて
働いて

「がんばって」収入をあげようとする。

そして、それができないと落ち込み、

そして、そうならないように さらに働きがんばる・・。とのこと。

そうではなくて、

「わたしだから、もらえる」

「わたしだから、何もしなくても、収入はもらえて当然」

「わたしだから、役に立とうが立とうまいが、豊かに暮らすことはあたりまえ」

なのです。

これを知ってるのが大富豪だ

そう思えない人は、自分の価値を見くびりすぎです と心屋さんはおっしゃってます(^-^)

完璧自分を見くびっていましたね^_^;

そして私の場合は、なにかあるたびに色んな面で経済的に協力してくれる私の両親に、感謝しつつも、とても罪悪感も感じていました。

「もっともっと親孝行しなければ」

「両親の言うことには、できるだけ答えよう」

「協力してもらうことは、情けないことだから」

これが、呪いのように私を縛っていました。

現実的に、大した親孝行は何もしていないのですが、勝手にひとりで「〜しなければならない」としんどくなっていました。

親孝行したい という気持ちは、自然と湧いてくるものなのにね。。

両親は、ただしてやれることはしてやりたい と思ってくれた愛情なのに、罪悪感を持ったりしてては・・それこそ違いますよね。

長らくこの想いが、私の「存在給」を下げてたと思います。

罪悪感から頑張ってきた・・そんな風に思いました。

そうでななくて、好きなことだから「がんばる」・・でななくて、

好きなことだから、楽しんでやっていきたいと 改めてそう思いました。

「わたしだから、そうしてもらえた」

と思うことにします(*^^*)

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